研究者紹介

永宗喜三郎  氏 名 永宗 喜三郎(ながむね きさぶろう)
 所 属 生命環境科学研究科
 研究分野 原生生理学
 課題名 トキソプラズマ原虫の寄生適応の分子機構の解明
 研究室 http://web.me.com/nagamune/Kisa1/Top.html

 永宗研究室ではトキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)の感染成立機序の解明、特にトキソプラズマ原虫と宿主細胞との相互作用を明らかにしたいと考えている。トキソプラズマ原虫は食肉を介して感染する非常にpopularな病原微生物である。欧米では非常に広く蔓延しており、例えばフランスでは全人口の80%以上が感染しているといわれている。また、1999年アメリカCDCからの報告では、トキソプラズマ症は、food borne diseaseによる全入院患者のうち原因の明らかになったものの4.1%(第4位)、死者数においては20.7%(第3位)にもなると推定されている。これらの死者のうちの多くはHIV感染者であり、日本人の食生活の欧米化とHIV感染の増加は、トキソプラズマ症コントロールの重要性を益々増していくものと思われる。また、全ての温血動物(哺乳類及び鳥類)の全ての有核細胞に感染能を持つトキソプラズマ原虫の寄生適応のメカニズムを解析することは寄生生物の進化やその生物学を理解する上で非常に重要であると考えられる。
 私は最近、トキソプラズマ原虫が植物ホルモンの一種であるアブシジン酸を産生しており、それが原虫の宿主細胞脱出のシグナルであり、そしてアブシジン酸の生合成阻害はトキソプラズマ原虫のシストへの分化を誘導するということを明らかにした。また、このホルモンの生合成の特異的阻害剤はトキソプラズマ原虫のマウスへの感染を有意に阻止した(Nature, 2008)。これらの結果はトキソプラズマ原虫と宿主細胞との相互作用の理解、そして有効な抗トキソプラズマ薬開発につながり得る可能性があるものと考えられる。そこで、トキソプラズマ原虫においてアブシジン酸生合成酵素遺伝子のノックアウトを行い、トキソプラズマ原虫におけるアブシジン酸の役割についてより詳細に検討したい。また、トキソプラズマやその他の近類原虫のアブシジン酸生合成経路をより詳細に検討し、植物の持つ経路との異同を明らかにすることで、植物、藻類、そして寄生性原虫におけるアブシジン酸生合成経路を進化学的に理解すると共に、有効な抗トキソプラズマ薬の開発への基礎としたいと考えている。
 また、トキソプラズマ原虫は宿主細胞に感染後、寄生胞膜を介して多数のタンパク質を分泌し、宿主細胞内を自分が寄生するのに適した環境に修飾することが知られている。例えば、電子顕微鏡による解析から、トキソプラズマ原虫は感染細胞のERやミトコンドリアを自身の寄生胞膜近辺に移動させることが報告されている。これはおそらく原虫が寄生していくのに必要なエネルギーやその他の物質を供給しやすくするための寄生適応機構であると考えられているが、これらの現象の分子生物学的、細胞生物学的なメカニズムについてはほとんどわかっていない。トキソプラズマ・宿主細胞相互作用に関わる遺伝子群、中でも特に全く未開拓の分野である宿主細胞側因子の同定をしていくことで、トキソプラズマの寄生適応戦略を細胞生物学的に明らかにしていきたい。

      永宗fig.